昨日はまず、区役所に住民税について相談し、電子マネーで即時、納めた。そして、街を漫ろ歩いているうち、ウェブサイト仕事の受注案件について、仕様書を作成する仕事を思い、一旦帰宅して仕上げて送付した。確かに、情報セキュリティの項を書かなかったなど、欠落のある仕上がりだったのだが、送付先の担当の方も頭を悩ませたのか、返信は終日来なかった。
仕上げたらすぐ、墓地に向け出発した。三年前に召天した先輩クリスチャンの、故人のご家族の墓仕舞いで、北九州から届いた骨壷を墓地に収めるための集まりである。その先輩は私を大変厚遇してくださった方で、私が立ち直るきっかけそのものであり、今でも大きな存在である。奥様がご出席になると伺ったので、ぜひ挨拶だけでも、と思って参加した。徒歩一時間の後、バスに乗って二十分、そして十分ほど歩くとすでに勢揃いしていた。
出席は全部で四名。讃美歌を歌ったのが青空の下で、天に大きく歌ったので届いたと思う。墓地の向こうでは高校野球の声援が聞こえた。隣の墓では工事業の方々が、賛美中は作業をやめてくださった。これには牧師も感動していた。奥様と歓談し、もう一度会えないかもしれないから、笑顔で手を振ってタクシーを送った。帰路は他三名で、細い近道でバス停まで向かい、駅前で別れた。
途中、私の認識不足が露呈し、記憶が抜けていたのを、牧師が指摘した。指摘というより認知を支えてくださった。私も、牧師が会話で気づかなかった話者の意図を、確認する形で埋めていた。つまり、会話とは、隙間を埋めることだ。そうすれば自然と、会話は配慮に満ちる。意図通りの埋め合いになる。情報交換で済む関係ではもはやない。遠からず、近すぎない関係を、牧師や教会員と形作れているのがやや誇らしく、我乍ら成長したと思う一日だった。