二〇二五年五月一日号

巷は今週連休で、妻はひとりで旅に出る。街には仕事で休めない人も多いけど、混雑する時に出かけなくて済む点では有利であろう。普段せわしく働いている妻だから、めいっぱい一人で行動してほしく、そうさせてあげている夫は内評だけは良い。好きに過ごしてほしい、夫の私は自宅と周りを守るから。とは言っても今日は、猫に餌を遣って区役所回りするだけだ。

今日から、お小遣い制になる。件の申し出が実現するのだ。私には金銭管理力が乏しいようだ。多く持たないようにと、世の周りのために費ってしまう。ただ、自覚もしているが、上限が定められていれば、それ以下で使い果たすため、それを知悉した妻の知恵で、三万円の上限が決められた。ちょうど遣り甲斐のある額である。三万円で一か月暮らすというのはいい額だ。足元を見たとも言い得るが、健康で文化的な最低限度額だといっても腑に落ちる。

四月の生活費は九万円台だった。うち水光熱通費と家具の出費を差し引くと、五万円だった。中々抑えたと思う。それを今月から三万円にしようというのだから恍惚物だ。一体どれほど豊かな一か月になるだろう。今月で地域の店舗を歩きつくし、買う店を調べて試して決めてもいた。食材を調達するお店である。買わない物も決めた。洋服やスキンケアや化粧品など。また、株式を単元未満で買い足すことにもした。すでに三十銘柄余り買った。一株や二株である。

不惑が近いこともあり、無償の時間を利用して、人生を棚卸している。経験上、消費額が少ないほど、知恵を絞れて幸せになれる。こう言ってよければ、買い物は不幸だ。できるだけ買わず、売りもせず、手に入れたものを手入れして長く使い、捨てるなら転用する暮らし。私はすでに必要な物財を買った。趣味も立った。重曹を使う掃除、音楽の詞づくり、ひたすらの散歩、無学なりの読み散らかし、そして部録つけである。生活上のいちいちが、なんでも楽しみに近い。とても豊かで扶かる。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: